2025年12月12日金曜日

韓国の信仰の友より2025年12月8日・9日・10日・11日・12日・何時も有難う御座います。

 




韓国の信仰の友より2025年12月8日・9日・10日・11日・12日・何時も有難う御座います。
 
2025年12月8日

サムエル記下 23章黙想:ダビデの黄昏
23章は、ダビデの生涯という長い叙事が、最後の息から詩となり、静かに花開く章です。彼は王座の華やかさではなく、自らの魂の深みから湧き上がる黙示的な告白を差し出します。ダビデは自分を飾りません。魂の底から噴き出した真実だけが、その唇を濡らします。�「主の御霊が私を通して語られ、そのことばが私の舌にある」(23:2)。この宣言は、真の統治の中心が神のことばに置かれていることを告げ知らせます。義なる治めは、夜明けの薄明に差し込む光のようであり、雨上がりに芽吹く青い命の立ち上がりのようでした(23:4)。神の義は権力の言語ではなく、いのちを芽生えさせる言語だったのです。
しかしこの告白の端々には、すべての人間の物語がそうであるように、完全な達成に至りえない切なさが濃く滲みます。「私の家は神の前にこのようではないのか」(23:5)と自問する声には、自分に与えられた「永遠の契約」(23:5)にもかかわらず、家族と王朝を覆った闇への深い嘆きが宿っています。契約の栄光と現実の影が交差する、人間的な苦悩です。
続いて語られる勇士たちの物語は、胸を詰まらせます。命を懸けて危険をくぐり抜け、汲んできたあの尊い命の水を、ダビデは自分の渇きを満たす道具にはしません。むしろ、その水を主に注ぎ出します(23:16-17)。それは単なる水ではありません。勇士たちの血と汗、混じり気のない献身が凝縮された「ささげ物」のようだったからです。
ダビデは悟ったのです。自分の力は、自分一人の才覚からではなく、自分のために土の上を歩み抜いた、名もなき勇士たちの純粋な愛から立ち上がっていたことを。彼は完全な王ではありませんでした。けれど、神の契約にすがり、自分を愛した者たちの献身の前で涙を流せる、温かな心の人でした。
私たちの人生もまた、傷ひとつない完成には届かないでしょう。けれど土で造られた者として、天の義を見上げ、私を支える大切な人々の黙々とした献身に深く感謝するとき、私たちの歩みもまた、神の前で最も美しい歌となって響き渡るのです。

2025年12月9日

サムエル記下 24章 黙想:空っぽの打ち場
24章は、ダビデが人生の終わりに露わにした数への執着と、その後に訪れる贖いの痛ましい結末を描き出します。疫病が通り過ぎたあとの静けさのように、この章は私たちの魂の深い所へ、静かに、しかし骨の髄まで届く問いを残します。
ダビデは安心を確かめたかったのです。そこでヨアブに命じ、民を数えさせます(2–4)。しかしそれは、神が恵みによって与えてくださった祝福を、人間の数値の枠に閉じ込めようとする試みでした。数は一時、安心を与えます。けれどその安心は、やがて信仰の座を静かに侵食していく誘惑にもなり得ます。
ついにダビデは、自分の行いが「非常に大きな罪」(10)であったことに気づき、崩れ落ちます。自責という鋭い棘に刺されるように、彼はひれ伏して告白します(10)。そして裁きの選択の前で、こう言うのです。「主の手に陥らせてください」(14)。人の手ではなく、神の御手の下へ自分を投げ出す決断。そこに、ダビデが最後まで手放さなかった信頼の火が残っていました。
災いは、エブス人アラウナの打ち場で止まります(16)。ダビデはそこを贖いの場所と定めようとします。アラウナが畑と牛を無償で差し出そうとしたとき、ダビデはきっぱりと断ります。「代価なしに、私の神、主に全焼のささげ物を献げることはできない」(24)。この言葉は本章の心臓部です。打ち場の上に煙が立ち、地は応え、災いは止みます(25)。悔い改めとは、感情の波ではなく、人生の向きを変える、代価ある従順だからです。
アラウナの打ち場は、やがて神殿の地となります。今日の私たちの人生にも、もしかすると空っぽの打ち場があるのかもしれません。神よりも数や成果や安全を頼みとした場所。そこに残る虚しさと沈黙の空間です。その場所で私たちは問うべきです。私は、代価のない礼拝を捧げてはいないだろうか。主は、私たちの高ぶりが止まったその場所に、もう一度礼拝の土台を置かれます。そして、そこから恵みの神殿を始めてくださるのです。

2025年12月10日

列王記上1章黙想:忍び寄る肉体の寒気、昇りゆく契約のぬくもり
かつてイスラエルの黎明を誰よりも早く目覚めさせた勇士、ダビデの寝所にも、人生の冬は容赦なく訪れました。幾重にも布団をかさねても骨の髄まで染み込む老年の冷えは、天下を号令した英雄さえ逆らえない、時間の厳粛な摂理です(1節)。生の温もりが消えゆくその黄昏の隙を狙い、権力の空白を欲望の炎で満たそうとする者がいました。自らを高め、「私は王になる」(5節)と叫ぶアドニヤの勢いは、エン・ロゲルでの宴のように騒々しく、華やかなものでした。
しかし、歴史の大河は、人間の性急な誇示ではなく、神の沈黙の中に流れる古き約束に沿って流れます。老いた王の薄れた記憶を揺り起こしたのは、ナタンとバテ・シェバの切実な訴え、すなわち忘却の彼方に埋もれかけていた「契約」でした(17節)。真の王権とは、戦車や騎兵を先立てて勝ち取る戦利品ではなく、膝をかがめて恵みを乞う者に与えられる贈り物だからです。
喧騒に満ちたアドニヤの宴の音は、ギホンの泉のほとりで響き渡るソロモンの角笛の音の前に、朝霧のように散ってしまいます(41節)。人が焚きつけた人為的な炎は一瞬の風にも消えますが、神が油注がれたともしびは、闇を切り裂き、時代を照らすのです。
今日、あなたの人生を温かく包み込むものは何でしょうか。やがては冷え切ってしまう肉体の力でしょうか、それとも永遠に変わらない御言葉の温もりでしょうか。私の欲望で築き上げた塔が崩れたその空席に、はじめて神の御心が堅く立てられることを、深く黙想します。

2025年12月11日

列王記上 2章 黙想:あなたに残した遺言
生涯を戦場と荒野のただ中で神を賛美してきたダビデ。その激しかった魂の炎も、肉体の衰えの前では静かに鎮まっていきます。彼は「私は世のすべての人の行く道を行こうとしている」(2節)と、自らの終わりを見つめつつ、息子ソロモンに最後の遺産を残します。死という絶対的な孤独の前で、父が子に手渡したのは金や銀ではありませんでした。それは「強く、男らしくあれ」(2節)という励ましとともに、「あなたの神、主の戒めを守り…主の道を歩め」(3節)という魂の羅針盤でした。真の強さとは、剣を振るう腕力ではなく、揺れ動く世界のただ中でなお神のことばにしがみつき、踏みとどまる内なる堅固さなのだと、ダビデは最後の息に託して教えます。
しかし、新しい夜明けを開くためには、過ぎ去った夜の闇を整えなければなりません。ダビデは自分の時代に結び切れなかった古い課題を、ソロモンに委ねます。ヨアブの無慈悲な暴力、シムイの呪い、そしてアドニヤの欲望は、新しい時代の土台になり得ないからです。�愛だけでは共同体は立たず、正義だけでは心は生き返りません。時に「愛」の名のもとに覆ってきた罪の残滓が、実は切り取らねばならない患部であったことを、歴史は証明してきました。ソロモンは知恵と決断をもって、この古い影を払いのけ、ついに「王権は彼の手によって確立した」(12節、46節)という恵みに至ります。
古い土を耕さずして新しい種を蒔けないように、私たちの内なる聖所にも、清い整理が必要です。今朝、あなたの内に、神の治めを妨げる「ヨアブ」のような高慢や、「アドニヤ」のような虚しい野心が、とぐろを巻いてはいないでしょうか。
恵みは、漠然とした感情ではありません。罪を断ち切る聖なる決断の上にこそ、静かに、しかし確かに花開くものです。昨日まであなたを縛っていた古い習慣と妥協の鎖を断ち切ってください。神は、清められた心の土台の上に、決して揺らぐことのないご自身の御国を築いてくださいます。沈む夕日の影を背にして、みことばの上に堅く立つ大丈夫の朝となりますように。

2025年12月12日

列王記上3章 黙想:願うべき真の賜物
ソロモンの若き日々は、さざ波のように揺れ動いていました。エジプトの王女と婚姻を結び(3:1)、高き所でいけにえをささげました。政治的な打算と信仰の狭間で戸惑う彼の心を、聖書は意外な一文で照らします。「ソロモンは主を愛し…」(3:3)。完全ではなかったかもしれない、けれど、揺れ動きながらも結局は神に背を向けられなかった、その不器用な愛を、神はしっかりとお持ちになっていたのです。
ギブオンでの長い夜。いけにえの煙が消え去った場所に、神が尋ねられます。「わたしがあなたに何を授けようか。願いなさい。」(3:5)王ならば誰もがまず思い浮かべるであろう富や栄光、敵の滅びを、彼は口にしません。「…このしもべに、聞く心を与え、あなたの民をさばき、善悪をわきまえることができるようにしてください。」(3:9)多くを語る舌ではなく、深く聞く心。自分の利益のための知恵ではなく、委ねられた民のための知恵を求めるこの一文こそが、彼の栄光の絶頂を予見させています。
ある日、二人の女が泣きながら門を叩きます(3:16)。一人の赤ん坊をめぐり、互いに「私の子だ」と、夜を切り裂くように叫び合います。その時、ソロモンの口から刀の切っ先のような言葉が飛び出します。「あの生きている子を二つに切り、半分ずつ与えよ。」愛のない正義であれば、この言葉をそのまま聞き入れ、頷いたかもしれません。しかし、真の母親はためらうことなく悲鳴を上げます。「ああ、わが君。生きている子をこの女に与えてください。どうか殺さないでください。」(3:26)ソロモンが狙いを定めたのは、赤ん坊の体ではなく、隠されていた愛の心臓でした。愛とは、常に自分の権利よりも相手の命を第一に守ろうとする場所で現れるものです。
列王記上 3章は、こう語りかけているようです。知恵とは頭の飾りではなく、命を救うためにためらうことなく自分のものを手放す選択の中でこそ輝くと。私たちも日々、数多くの小さな裁判の場に立ちます。自分のプライドを守るのか、一人の人の心を救うのか。自分の論理を貫くのか、関係の命を守るのか。そのたびに、神は静かに尋ねられます。「わたしがあなたに何を授けようか。あなたは何を願うのか。」今日、このように祈りたいと思います。「主よ、神学論者ではなく、みことばに聞く者とならせてください。正しさを証明する唇よりも、命を救う判断をさせてください。」

ハレルヤ アーメン



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栄光在主アーメン  栄光在主アーメン  栄光在主アーメン 栄光在主アーメン 栄光在主アーメン
ハレルヤ 할렐루야
ハレルヤ 할렐루야 ハレルヤ 할렐루야 ハレルヤ 할렐루야 ハレルヤ할렐루야
 Amen阿們 Amen阿們 Amen阿們 Amen阿們Amen阿們Amen阿們

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