2025年5月24日土曜日

韓国の信仰の友より 2025年5月20日・21日・22日・23日・24日いつも有難うございます。

 




韓国の信仰の友より 2025年5月20日・21日・22日・23日・24日いつも有難うございます。

2025年5月20日

人の言葉に耳を傾け、神の言葉を背ける時代
「レカブの子ヨナダブがその子孫に、ぶどう酒を飲んではならないと命じたその命令は守られている。」(エレ35:14)レカブの子孫たちは、その手を杯に伸ばすことなく、その唇は甘いぶどう酒の香りを拒みました。先祖の言葉は、何百年の歳月を経ても色あせることはありませんでした。エレミヤの口を通して響いた神の御声は、崩れた城壁の隙間を伝ってこだましましたが、その声に耳を傾ける者はありませんでした。神は語り続けておられました。朝露が毎朝降りるように、絶えず、忍耐強く。しかしユダの民の心は乾いた固い地のようで、御言葉が染み込む隙間すらありませんでした。一方には、人の言葉に従う者たちがいました。他方には、神の御言葉を背ける者たちがいました。上司の言葉にはすぐ従いながら、神の御声は素通りします。人の評価は恐れるのに、神のまなざしは避けて通ります。それでも、神の御声は今も私たちに向かって響いています。優しい呼びかけであり、深い嘆きであり、そして最後の警告でもあります。人の言葉には命を削るように従いながら、十字架はいつも、私たちの人生の町外れに置き去りにされてはいないでしょうか。

2025年5月21日

神の言葉さえも恐れない王
「このすべての言葉を聞きながら、王もその側近もだれひとり恐れなかった」(エレ36:24)。エレミヤの口を通り、バルクの手によって、神の裁きと憐れみが織り交ぜられた言葉が巻物に記されました。その言葉が王の前で読まれた冬の日、一文字一文字が、炉の炎よりも熱い神の声となって響いていました。しかし、王は微動だにしませんでした。ヘブライ語の「パーハド(pāḥad)」とは、突然の恐れに身体が思わず震えるような感覚を意味します。けれども、王の心には何の震えも起こりませんでした。むしろ彼は、巻物を三行ずつ切り裂いては、炉の火の中へと投げ込んだのです。燃えたのは紙だけでした。どんな火であっても、神の言葉を消し去ることはできません。問題は巻物そのものではなく、神の言葉に対して、まったく心を動かさなかった王のかたくなな心だったのです。彼は衣を裂くこともせず、どの言葉にも胸を打たれることはなく、ただの一言にも目に涙を浮かべることはありませんでした。その心は、まるで石のように固く閉ざされていました。神さえも恐れぬその厚かましく、頑なな心の前に、私たちは立ち止まり、自らを顧みるのです。

2025年5月22日

神の言葉さえも恐れない王
「このすべての言葉を聞きながら、王もその側近もだれひとり恐れなかった」(エレ36:24)。エレミヤの口を通り、バルクの手によって、神の裁きと憐れみが織り交ぜられた言葉が巻物に記されました。その言葉が王の前で読まれた冬の日、一文字一文字が、炉の炎よりも熱い神の声となって響いていました。しかし、王は微動だにしませんでした。ヘブライ語の「パーハド(pāḥad)」とは、突然の恐れに身体が思わず震えるような感覚を意味します。けれども、王の心には何の震えも起こりませんでした。むしろ彼は、巻物を三行ずつ切り裂いては、炉の火の中へと投げ込んだのです。燃えたのは紙だけでした。どんな火であっても、神の言葉を消し去ることはできません。問題は巻物そのものではなく、神の言葉に対して、まったく心を動かさなかった王のかたくなな心だったのです。彼は衣を裂くこともせず、どの言葉にも胸を打たれることはなく、ただの一言にも目に涙を浮かべることはありませんでした。その心は、まるで石のように固く閉ざされていました。神さえも恐れぬその厚かましく、頑なな心の前に、私たちは立ち止まり、自らを顧みるのです。

2025年5月23日

真理があなたの理念と異なるとき
真理は時に、冷たい刃のように迫ってきます。甘い慰めではなく、痛みを伴う目覚めを求めてくるのです。エレミヤの前に立ったゼデキヤ王のように。「平和ではなく、災いを求めている」(エレミヤ書38:4)――民のこの言葉は、真理がいつも耳に優しいとは限らないことを思い起こさせます。人は平安を渇望します。穏やかな湖のような一日、予測できる明日を願いながら日を終えます。しかし真理は、その静けさに石を投げ、波紋を広げます。神の言葉は、常に慰めだけではありません。時には、砕かれ、屈するようにと私たちを招くものでもあります。バビロンに降伏せよという命令は、敗北ではなく、解放の扉でした。しかしその砕かれた先に救いが隠されていることに気づけず、人々はそれを侮辱と受け取り、真理を語る者を井戸の中に閉じ込めました。私たちは真理を愛していると口にしながらも、その真理が自分の思いや願いと違うとき、まるで血を吐くように相手を攻撃します。自分の思想や理念を真理よりも高く掲げ、その上に壁を築いてしまうのです。けれども、真の真理は、あなたの理念の上にあることを忘れないでください。神の言葉は、今日も問いかけます。「あなたの道を手放す勇気があるか」(38:21)と。真理の刃によって切られた傷口からこそ、新しい命が芽吹くのです。真理を拒んで得た平安は、やがて滅びへと続くことを、私たちは覚えていなければなりません。

2025年5月24日

その日、シデキヤは自らの目で地獄を目撃しました。
自分が守るべきだった「家族と家臣たちが、血の中に倒れました」(エレ39:6)。王宮は赤く染まりました。目は開いていても、もはや見える未来は残されていませんでした。神の言葉を無視した目、警告を退け、真理に背を向けた目は、ついに最も失いたくなかったものを奪われることになります。罪はしばしば、私たちが最も愛するものを代価として求めてきます。私が崩してしまった信仰の土台の上で、真っ先に崩れていくのは、常に傍らにいてくれた愛する家族や仲間たちです。私の油断と選択、私の無関心が、誰かの傷となり、涙となり、ついには取り返しのつかない別れとなって残るのです。神が語られる警告の言葉には、いつも守りと回復への道が隠されています。それを聞こうとする者には命となり、聞き流す者には、最も大切なものを失うという痛みの裁きが待っています。あなたは、その御声が聞こえたとき、愛する人々を守り抜くことができるでしょうか。

ハレルヤ 感謝致します。

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(韓国) 2025/5/18オリュン教会日本語礼拝「結婚と夫婦」能瀬熙至伝道師((日本語/韓国語)
https://youtu.be/W-ih-O22bmQ?si=VCiIIg0owd1jb4G7



(韓国) 2025/5/4オリュン教会日本語礼拝「親と子の関係」能瀬熙至伝道師((日本語/韓国語)
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(韓国) 2025/4/13オリュン教会日本語礼拝「私の為の十字架」能瀬熙至伝道師((日本語/韓国語)
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(韓国) 2025/4/6オリュン教会日本語礼拝「聖餐に与る恵み」能瀬熙至伝道師(日本語/韓国語)
https://youtu.be/X_LkE6FgyOI?si=Po2kMdnLMUQGXuNs



(韓国) 2025/3/23オリュン教会日本語礼拝「宮清め」能瀬熙至伝道師(YouTube(日本語/韓国語)
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(韓国) 2025/3/9オリュン教会日本語礼拝「心を裂いて」能瀬熙至伝道師(YouTube(日本語/韓国語)
https://youtu.be/Km2BL-S3oEM?si=AM84n-lafuojHOZa



(韓国) 2025/01/12オリュン教会日本語礼拝「神は愛なり」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
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【賛美】主の計画の中で
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주님의 계획속에서
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【賛美】いつもいつまでも
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항상영원히까지
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