2015年3月21日土曜日

【悪しきモノは雲間に隠れ】

【悪しきモノは雲間に隠れ】

悪しきモノは雲間に隠れ
優しい魚が日向に登る
淀んだカラスが啄んで
お喋りは涸れ 言葉を失う

罪は善に置き換えられ
善は塵(チリ)へと投げ捨てられる

命は冷めたコーヒーのように
溶けないミルクが渦を巻く

声は目覚まし時計の音にチリジリとなり
私たちは あそこへと足を進める

主よ 主
全知全能の主
アルファでオメガの主
私たちに救いの御手を差し伸べたまへ
ハレルヤ エーメン


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2015年3月19日木曜日

【小刻みに風に揺れる紅梅の朝】

【小刻みに風に揺れる紅梅の朝】

小刻みに風に揺れる紅梅の隙間から
朝靄煙る(あさもやけむる)農家の
庭先の小さな櫓に並べられた野菜が
見えた

それを品定めする おばさん二人に
笑顔で対応している店主のお婆さん

白い息を吐き出しながら
顔をほころばせて話しをしている

なんだか 其の笑顔と白い息に
命の温もりを感じて見つめていた
赤信号で止まる車の窓から見つめていた

日本ってやっぱり 平和だなぁぁぁ って
なんだか独りで じんわりしなから・・・

主に感謝して
ハレルヤ エーメン



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2015年3月17日火曜日

【少し前までは】デオ グラシアス

【少し前までは】デオ グラシアス

少し前までは・・・
私は何でも出来ると思っていたが
何も出来なかった

少し前までは・・・
私は何でも解ると思っていたが
何も解っていなかった

少し前までは・・・
私は何処へでも行けると思っていたが
何処へもいかなかった

私は あなたを通さなければ
何も出来ないことを知り

私は あなたを通さなければ
何も解らないことを知った

私は あなたを通さなければ
何処へも 行くことが出来ないことを知り

私は あなたを通さなければ
何も見えないことを覚った

主 ょ
あなたの御手の中に 私は置かれ
あなたの 御翼の中で
守られていることを知る

私は主の御前に平伏そう
主の前に 傲慢は打ち砕こう

主に癒されて 流れる川に揉まれるように
岩は丸くなり変えられて行く

デオ グラシアス
(主よ 感謝致します ラテン語)



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2015年3月16日月曜日

「神のご計画と教会1」 (北京語)3月15日礼拝

画像



3月第3週目 

2015年3月15日礼拝

筑波福音基督教会

「神のご計画と教会1」神的劃與教会

(北京語)



エペソ(以弗所書) 3章2-6節

1テモテ(提摩太前書)2章4-6節

メッセンジャー 朱士偉伝道

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【ポンプゲージ】

【ポンプゲージ】

すでに5年は乗らず家の前に
放置してあった 娘が高校の通学に
使っていたママチャリ(自転車)を
息子が最近使いだした

もちろんサビでボロボロ、タイヤにも
空気は入っていない
パンクもしている

それなのに 中学の卒業行事や
なんやかんやで移動が多くなって
どうしても使わなければならなくなった
ようである

自分でペダルやチェーンに油をさして
ポンプゲージ(自転車の空気入れ)を
背中に担いだリックサックに突っ込んで
走っている

駅まで走り行くと空気をまた入れ
行く先々でタイヤに空気を入れては
帰りまでに二度、三度と空気を入れながら
帰って来るのだと言う

それはまさしく 忍者さながら
背中からスパッと抜いて忍びの技のように
空気を入れるのだと言う
娘が「おっ忍者!」 と合いの手をいれる
その手際の良さも日に日に上達している

今日 自転車屋にいって なぜか
ポンプゲージを見つめて息子呟いた

「最近 自転車 高いネ」
「あっちのポンプゲージの方が安いヤ」だって
色々と気を遣う息子に
言葉戸惑う父である
・・・! ごめんね



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2015年3月15日日曜日

【聖書は占いではありません】

【聖書は占いではありません】

ある人が 悩みの中で
祈りも無く ただ闇雲に
聖書を開いたとするなら
こんな聖句が出てくるかもしれません!

イエスを縛って引き出し、総督ピラトに渡した。
そのとき、イエスを裏切ったユダは、
イエスが罪に定められたのを見て後悔し、
銀貨三十枚を祭司長、長老たちに返して
言った、「わたしは罪のない人の血を売る
ようなことをして、罪を犯しました」。
しかし彼らは言った、「それは、われわれの知ったことか。
自分で始末するがよい」。
そこで、彼は銀貨を聖所に投げ込んで出て行き、
首をつって死んだ。
(マタイによる福音書27章2-5節)
イスカリオテのユダの 「裏切りと首吊り」

これはイカンと思ってもう一度
聖書を開き直しても

又しても今度は・・・

彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。
そこでイエスは言われた、「あなたも行って
同じようにしなさい」。
(ルカによる福音書10章37節)
「同じことをしなさい」

そしてさらに・・・

「もうしばらくすれば、きたるべきかたがお
見えになる。遅くなることはない。
(へブル人への手紙:10章37節)
「遅くなってはならない」

時には 当てはまる言葉を
引き出すことが出来るかもしれません?
ですが・・・
それは全てではありません。

何度も何度も
噛み締めるごとに味わい深い
恵みを頂くのが聖書なのです。
エーメン



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2015年3月14日土曜日

【昔、子供たちの夕日の中で!】

【昔、子供たちの夕日の中で!】

昔、子供たちの夕日の中で!
こんな人達がいたことを思い出した・・・

子供には広い分譲地のなかの
土山の一角は 子供たちの隠れ家に
なっていた。
その周りはまだ木々が一望で キジや
ウズラも歩いていたんだ
そんななかで鉛玉の入ったガス銃を
発砲するお兄さん二人組が空に向けて
発砲するのがあきたのか子供たちに
威嚇射撃(いかくはっぽう)してきた。

数日後 そのお兄さんたちが
今度は団地の中の公園に柔道着を着て
登場・・・
子供たちを捕まえては取っ組み合いを
していた
危ない人は昔も今もいるのだと思い出す。

昔 こんなこともあったなぁ
村営の勇士で作る消防団だと思う?
小さい消防車を掘立小屋に収めていた
その掘立小屋の観音扉の天辺に
鬼の能面が掛けてあったんだ。
怖い形相の鬼の面で・・・
能舞のお面かなぁ?
 俺は
「あそこに何が入っているの」と
上級生に聞いてみた
するとこう答えたんだ
「あの中には むかしこの地を守った武士の
生首が今も守り神として祭られているのだょ」
「あの鬼の面は その生首を守っているんだょ」ってネ

怖かったぁぁぁ 本当に怖かった

当時 子供たち皆がそう吹き込まれていたようである
それは子供たちが興味本位に無断で掘立小屋に
入り消防車をいたずらしないための
大人たちの防犯の知恵だったのかもしれない?
今思えばありえヘン話し・・・
なぜ??? 信じていたのだろうか???

狩猟における鉛弾(ライフル弾散弾)の
使用禁止をいますぐ、日本全国で



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